
『岩戸開き』第27号の特集は「直観を磨く」

「なぜか、こちらの道を選んだほうがよい気がする」「理由はわからないけれど、何かが起こりそうな気がする」――。私たちは日常生活のなかで、こうした感覚を「直観」と呼ぶことがあります。では、科学的な知識や心理学的な説明がなかった古代の人々は、自分の内側に生じる不思議な感覚や、目に見えない存在からのメッセージを、どのように理解していたのでしょうか。
その手がかりとなるのが、古代の巫女たちと、神託や神がかりの伝承です。10月22日発売の『岩戸開き 第27号』特集「直観を磨く」の連動記事第6回となる今回は、卑弥呼と神功皇后の伝承を手がかりに、古代の巫女と神託の世界をたどります。
古代の巫女と、神の言葉を受け取る人々がいた時代
古代の日本では、神の意志をうかがい、それを人々に伝えることが、祭祀や政治と結び付いていたと考えられています。現代の私たちが個人の感覚として捉えがちな「直観」も、当時は共同体の行く末を左右する重要なものとして受け止められていた可能性があります。
卑弥呼の「鬼道」とは
まず注目したいのが、邪馬台国の女王・卑弥呼(3世紀に活動した人物)です。中国の歴史書『三国志』の一部である『魏志倭人伝』には、卑弥呼について「鬼道に事え、能く衆を惑わす」と記されています。「鬼道」が具体的に何を意味していたのかについては、現在も解釈が分かれています。ただし、この記述からは、卑弥呼が宗教的な力と結び付いた存在として認識されていたことがうかがえます。
『魏志倭人伝』によれば、当時の倭国では争いが続いた後、卑弥呼が女王として立てられたといいます。彼女は政治を行う支配者であると同時に、人々の信仰とも深く関わる存在だったと考えられます。ただ、卑弥呼がどのように神意を受け取っていたのか、その具体的な方法を現存する記録から確定することはできません。
神功皇后の伝承に見る「神がかり」

もう一人注目したいのが、『日本書紀』(720年に完成した歴史書)に登場する神功(じんぐう)皇后です。神功皇后は仲哀天皇の后として描かれ、神がかりして神の託宣を受けたと伝えられています。託宣を信じなかった仲哀天皇がその後まもなく亡くなる、という展開も含め、神の言葉は国の行く末や政治的な決断に関わるものとして語られています。
ただし、『日本書紀』は後の時代に編纂された歴史書であり、そこに記された伝承を、そのまま同時代の事実とみなすことはできません。神功皇后も、実在をめぐって議論のある伝承上の人物として扱われることが一般的です。それでも、神がかりや神託の物語が記録され、語り継がれてきたこと自体は、古代の人々が神と人間との関係をどう考えていたのかを探る手がかりになります。
古代の人々にとって、直観とは何だったのか
現代では、直観は経験や無意識の情報処理によって生まれる感覚として説明されることがあります。一方、神託や神がかりの伝承では、人間の意志を超えた神の働きが、その感覚や言葉の源として語られています。
もちろん、古代の神託と現代人の直観が同じものだと断定することはできません。古代の人々が「直観」という言葉を現代と同じ意味で使っていたわけでもありません。しかし、自分の意識だけでは説明できない感覚や出来事に意味を見いだそうとする姿勢には、時代を超えた共通点があるのではないでしょうか。
史料とは別の角度から ― 連載「霊査の古代史」が描く巫女の世界
史料だけでは届かない古代の巫女の姿に、まったく別の方法で迫ろうとしているのが、『岩戸開き』で連載中の「霊査の古代史」です。作家・宗教研究家の不二龍彦さんと、霊媒の梨岡京美さんらによるこのシリーズは、霊視・霊聴による調査(霊査)を通じて、「古代文献や発掘史料だけではアプローチが困難な古代世界の実像を明らかにしていくことを目的としている」と説明されています。
『岩戸開き 第27号』では、連載「霊査の古代史19 巫女編 第4回」として「肉食の神人共食祭祀と巫女シャーマニズム衰退の歴史的真相」を掲載しています。
連載は書籍化もされています。『霊査の古代史4 伊勢神宮・前史編1』では「謎の巫女霊ワカヒルメ」が、『霊査の古代史5 伊勢神宮・前史編2』では第一章「河内王朝の興亡」で「戦闘する巫女王」が取り上げられています。また『霊視の人 神事編』は、梨岡京美さんの霊視と、審神者(さにわ)役の不二龍彦さんが、神事や神様の世界に向き合った一冊です。神の言葉を受け取る人と、それを確かめる人。古代の神託の世界を思わせる関係が、現代の形で描かれています。
霊査によって語られる古代史は、学術的な歴史研究とは立場の異なる、もう一つの読み方です。史料を丁寧に読む視点と、目に見えない世界からの声に耳を傾ける視点。その両方を知ることで、古代の巫女たちの姿は、より立体的に見えてくるのではないでしょうか。
直観と霊性を考えるために
古代の神託や神がかりを、現代の科学だけで説明し尽くすことも、逆にすべてを超自然的な現象と決めつけることも難しい。だからこそ、自分の感覚を大切にしながらも、それが何に由来するのかを振り返る姿勢が大切になります。
古代の巫女たちは、神と人間をつなぐ存在として語り継がれてきました。その伝承をたどることは、私たちが直観や霊性をどう理解し、自分の内なる感覚とどう向き合うのかを考えるきっかけにもなるでしょう。
まとめ
古代の日本では、神託や神がかりが、祭祀や政治と結び付くものとして語られてきました。卑弥呼や神功皇后の伝承は、古代の人々が神と人間との関係をどのように捉えていたのかを知る手がかりとなります。現代の直観と古代の神託を同一視することはできませんが、目に見えないものの意味を探ろうとする人間の営みには、時代を超えた問いが息づいています。直観を磨きたい方は、ぜひ『岩戸開き 第27号』で、特集と連載「霊査の古代史」をあわせてお読みください。
- 『岩戸開き 第27号』特集「直観を磨く」/連載「霊査の古代史19 巫女編 第4回」
- 『霊査の古代史4 伊勢神宮・前史編1』不二龍彦 著
- 『霊査の古代史5 伊勢神宮・前史編2』不二龍彦 著
- 『霊視の人 神事編』不二龍彦・梨岡京美 著
(岩戸開き編集部)
参考資料
『魏志倭人伝』(『三国志』魏書東夷伝倭人条)/『日本書紀』(720年)













