
世界的な大ヒットを記録し、今なおスピリチュアルや自己探求の世界でバイブルとして読み継がれている名著『パワーか、フォースか』。
人間の意識レベルを数値化するという画期的なアプローチは、世界中の探求者に衝撃を与えました。
その著者であるデヴィッド・R・ホーキンズ博士が、精神的探求の最終的な行き先として遺した「3部作」をご存知でしょうか?
第1作『パワーか、フォースか』に続き、第2作『The Eye of the I(真我の眼)』(未邦訳)を経て、その集大成となる究極の結論が描かれた第3作。
それこそが、今回改訂版として待望の復刊を遂げた『〈わたし〉真実と主観性 改訂版』(ナチュラルスピリット刊)です。
本記事では、新刊の「はじめに」に綴られた博士自身の生の言葉を引用しながら、私たちが「真の悟り」へと至るためのロードマップを解説します。
なぜ『パワーか、フォースか』の著者は「主観性」に辿り着いたのか?
『パワーか、フォースか』では、キネシオロジーテスト(筋肉反射テスト)という測定可能な方法を用いて、人間の「意識レベル」を解き明かしました。
しかし、ホーキンズ博士が最終章として用意したテーマは、一見その対極にあるようにも思える「主観性(Subjectivity)」でした。
なぜなら、神という究客のリアリティは、客観的に測定するものではなく、主観として「体験」するものだからです。
「自我(エゴ)」の言葉では翻訳できない非二元の真理
博士は本書の「はじめに」において、歴史上の偉大な師たちが遺した記述がなぜ断片的で難解だったのか、その本質を次のように明かしています。
「意識レベルのきわめて高い、歴史上の偉大な師たちによって残された記述の多くは、本質的に断片的です。(中略) その理由は明確です。非二元的な、ノンリニア領域のスピリチュアルな真理の本質を、リニア(論理的・時間的)な、自我の合理的で知的な思考の言語へと翻訳することが容易ではないからです」
私たちは「言葉」や「論理」で真理を理解しようとしがちですが、それはすべてリニア(線形)な自我のフィルターに過ぎません。
外側の客観的な分析を完全に手放し、ただ「純粋な主観性」そのものに立ち返ること。
これこそが、博士が3部作を通じて最も伝えたかった「悟り」の核心です。
驚くべき意識の調査結果:なぜ「覚者」は通常世界に戻れないのか?
さらに本書の「はじめに」では、これまでの膨大な霊的調査に基づく、非常に衝撃的な統計データが引用されています。
「歴史的な調査によると、意識レベル600(悟り)に達した人たちのうち、通常世界の生活に戻って通常に機能できるのはわずか20パーセントにすぎません。意識レベル700や800に達すると、世界と何らかの関わりを維持できるのはわずか5パーセントであり、意識レベル900に達した人たちにいたっては、わずか1パーセントしか戻ってくることができません」
圧倒的な神の臨在(consciousness level 600以上)に目覚めた者たちは、肉体を維持することすら忘れ、この世界との関わりを断ってしまう傾向にあります。
では、なぜ博士はこの本を執筆できたのでしょうか?
博士はこう続けます。
「それでもなお、戻ってくるようにという神性からのインスピレーションがあり、その状態を人々と分かち合うために記述が残されるのです」。
本書は、まさに神性の慈悲によってもたらされた、奇跡的な一次情報なのです。
キネシオロジーテストの「矛盾」と、博士が辿り着いた新たな発見
前著から二十五年以上にわたり、数えきれないほどの個人や研究グループによって実証されてきた「意識のスケール」。
本書の執筆時までに、すでに31万件以上の測定が実施されてきました。
しかし、現場からはたびたび「うまくいかない」「誤った答えが出る」という報告があり、博士を悩ませていたと言います。
本書では、その矛盾を解く「新たな発見」が明かされています。
「キネシオロジーの反応は、それを使用する人々が200以上に測定され、質問も統合的で200以上に測定される場合のみ有効で信頼できるということです。この新たな発見によって、スピリチュアルな純粋さとパワーは互いに関連しているという原理が明らかとなりました」
利己的な目的(意識レベル200未満)や、不完全なステートメントでテストを行っても、宇宙の真実(パワー)と同調することはできません。
スピリチュアルな純粋さこそが、真実を識別するための絶対条件であるというこの指摘は、テクニックだけに頼ろうとする現代の探求者への大いなる警鐘となっています。
『〈わたし〉真実と主観性』全5部・23章の目次が示す、覚醒への航海図
本書の目次は、スピリチュアルな目覚めにおける「最終着地点」までを、一切の妥協なく網羅した全5部・23章で構成されています。
エゴを解体し、真我として生きるための精緻なロードマップがここにあります。
第I部:プロセス(第1章〜第6章)
教師と学生の関係性から始まり、スピリチュアルな情報と実践、丁寧な浄化について扱います。
私たちが「自分自身(わたし)」だと信じ込んでいる「自我」と社会の関係性を暴き、本当の「悟り」のプロセスへと読者を導きます。
第II部:神性の実現(第7章〜第10章)
「自己(真我)」の根源的な真実や、歴史上の神秘家たちの足跡に触れます。
様々な「悟りのレベル」を解説しながら、究極の「神の本質」そのものへと迫る、本書で最も神聖なパートです。
第III部:障害(第11章〜第16章)
探求者が必ず直面する「世界を超越する」際のカベ、感情や「心(マインド)」のメカニズム、それから考察や「カルマ」という深いテーマを解剖し、第16章の「最後の戸口」へと迫ります。
真の目覚めを阻む、自我の巧妙な罠を見破るためのパートです。
第IV部:超越(第17章〜第19章)
障害を乗り越えた先にある内なる小径へと進みます。
「無心(ノー・マインド)」の領域、思考を超えた「ハートの道」について、博士自身の30年以上に及ぶ沈黙の体験から生み出された生の言葉で語られます。
第V部:コンテクストを再構築する(第20章〜第23章)
全体の観点を整理し、霊的調査の「応用」や、進化した人類 of 姿である「ホモ・スピリタス」について言及。
巻末資料には、各章の真理度測定レベルや意識のスケール、さらには「量子力学」との関連まで網羅されています。
AI時代の今こそ必要な「一次情報」としてのホーキンズ哲学
現代のインターネット上には、AIが瞬時に量産した「中身の薄いスピリチュアルの一般論」や、誰かの言葉をツギハギしたような解説記事が溢れています。
しかし、どれだけ表面的な知識を詰め込んでも、私たちの魂が本当に揺さぶられることはありません。
著者の命がけの体験から紡がれた「生の言葉」
ホーキンズ博士の文章がこれほどまでに力強いのは、それが単なる机上の空論ではなく、博士自身が凄まじい意識の変容と、エゴの崩壊を伴うプロセスを実際に潜り抜けてきた「一次情報(生きた体験)」だからです。
本書の改訂版に並ぶ一文字一文字には、読者の意識の波動を実際に引き上げるような圧倒的な重厚感が宿っています。
まとめ:『〈わたし〉真実と主観性 改訂版』で、あなたの身魂を磨く真の覚醒へ
他人の意見や社会の常識に振り回されがちな現代において、本当にブレない「自分軸」や、内側から湧き出る深い至福(安心感)を手に入れるためには、自らの意識の土台を磨く(身魂磨き)しかありません。
『パワーか、フォースか』の科学的な視点に納得した方にこそ、その先にある、言葉を絶した「純粋な主観性」の世界に触れていただきたいのです。
本書は、あなたが「本当のあなた(真我)」に出会うための、最後の扉を開く鍵となるでしょう。
(文:雨宮玄 )
▼『パワーか、フォースか』で世界に衝撃を与えた博士が遺した、3部作の最終章。
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※ 意識の覚醒や「ノンデュアリティ」の本質について体系的に知りたい方は、
こちらの記事人生は、変えようとしなくていい。 『パワーか、フォースか』のその先で起きる、静かな変容も合わせてお読みください。
身魂を磨き、本来の輝きを取り戻すヒントが見つかります。













