
『岩戸開き』第26号の特集は「UAPディスクロージャー」

2026年8月21日発売の最新号(第26号)は、UFO議連や研究者・識者による、情報開示と人類の意識変容についての多角的な視点をお届けします。
- 発生日時: 1965年3月18日 午後7時6分頃
- 発生場所: 瀬戸内海上空、家島群島付近(現・兵庫県姫路市沖)
- 目撃者: 東亜航空コンベア240機の稲葉義晴機長・馬嶋哲副操縦士、東京航空パイパー機の根岸操縦士、全日空便の乗客多数
- 目撃内容: 蛍光色に輝く長円形の飛行物体が旅客機に接近し、約3分間並走
- 特徴: 複数の独立した航空会社・便が、異なる地点でほぼ同時刻に同種の物体を目撃した点で、日本のUFO事例の中でも検証価値が高いとされる
なぜこの事件が「日本UFO史上最重要」とされるのか
UFO目撃情報の多くは、単独の個人による夜間の目撃談にとどまり、第三者による裏付けが難しいという弱点を抱えている。しかし1965年3月18日に瀬戸内海上空で発生した通称「瀬戸内海UFO事件」は、この弱点を覆す数少ない事例として、日本のUFO研究史の中で繰り返し取り上げられてきた。
60年にわたり国内外のUFO事例を検証してきた研究者・天宮清氏は、著書『日本UFO研究史』の中で、本事件を「航空会社パイロットによる」信頼度の高い事例として、国内ベスト20事例の筆頭に位置づけている。理由は単純で、目撃者が一般市民ではなく、航空機を操縦する訓練を受けたプロフェッショナルであり、しかも複数の独立した証言が時系列で一致しているからだ。
事件の経緯:午後7時6分、瀬戸内海上空で何が起きたか
1965年3月18日午後7時6分頃、大阪から広島に向かっていた東亜航空のコンベア240機(乗客28人)は、瀬戸内海の家島群島付近を飛行中だった。操縦していたのは稲葉義晴機長(当時43歳)。左前方から蛍光色に輝く長円形の物体が接近しているのを発見し、隣席の馬嶋哲副操縦士(同26歳)もこれを確認した。
稲葉機長は機体のライトを点滅させて合図を送ったが、物体はなおも接近を続けた。危険を感じた機長は乗客にシートベルト着用を指示し、右へ60度旋回する回避行動を取った。
ところが物体はすれ違った瞬間に停止し、今度は左翼の端近くに接近して並走を始めたという。機長の推定では、物体の大きさは全長約15メートルの長円形。機体全体が蛍光色に輝き、その光を受けて主翼が青く反射して見えた。さらに、操縦席の自動方向探知装置(ADF)の針が激しく振れる異常も記録されている。
物体との遭遇は約3分間続き、高松方面へと姿を消した。副操縦士はこの間、高松空港管制塔へ状況を逐次報告している。
同時刻、複数の便が同一物体を目撃
この事件が特に重視される理由は、目撃が1機にとどまらなかった点にある。
東亜航空機との遭遇からわずか20〜30秒後、高松タワーの無線に別の緊迫した声が入った。東京航空所属のパイパー機を操縦する根岸操縦士が、「空飛ぶ円盤らしいものに追われている」と報告してきたのだ。この物体は高松上空で独立に目撃されており、東亜航空機が目撃したものと同一である可能性が高いと見られている。
さらに、高松発大阪行きの全日空最終便でも、乗客多数が発光する円盤状の物体を目撃していた。当時の乗客の証言によれば、物体は機体後方から接近し、機長が「心配ありません」と機内アナウンスで乗客を落ち着かせる場面もあったという。
3便の目撃者は、いずれもCBA(宇宙友好協会)の調査員に対して個別に目撃報告を提出しており、その記録は同協会発行の冊子「瀬戸内海UFO事件の全貌」に収録されている。
否定論との対立点:ロケット説は成立するか
事件は当時、複数の新聞で報道されたが、否定的な見解も存在した。代表的なものが、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から発射された東京大学のラムダロケットが生じさせた発光雲を、パイロットが至近距離の物体と錯覚したのではないか、という説である。
しかし天宮氏は1973年に稲葉機長本人と面会し、証言の信頼性を直接確認している。天宮氏はその際の印象について、機長が錯覚を起こすような人物ではなく、事実に基づいた発言に徹していたと述べている。稲葉機長は、主翼の3分の1を覆うほどの光芒に「清爽な雰囲気を感じた」とも語ったという。
UFO事件の検証において重要なのは、遠方の観測データに基づく机上の推論だけでなく、現場の当事者が持つ識別能力そのものに踏み込んで評価する姿勢である、というのが天宮氏の一貫した立場だ。
この事例が示す「信頼できるUFO目撃」の条件
天宮氏は著書の中で、こうした条件を満たす事例を独自に「真性UFO」と呼び、単なる噂話やフェイク情報と明確に区別している。UFO目撃事例の信頼度を判断する基準として、目撃者の社会的属性を重視する考え方を示しており、パイロット、警察官、消防士、教員など、日常的に正確な状況判断を求められる職業に就く人物による報告や、多数の住民・生徒による同時目撃は、客観性が高い事例として位置づけられている。
※「真性UFO」の定義そのものについては、別記事で詳しく解説している。
瀬戸内海UFO事件は、この基準に照らして次の3点を同時に満たす、国内でも稀有な事例といえる。
- 複数の独立した専門職(パイロット)による目撃
- 地上の管制塔への即時報告という記録の存在
- 異なる航空会社・異なる便による裏付け
まとめ
1965年の瀬戸内海UFO事件は、単なる目撃談ではなく、複数の航空機乗員・管制塔・乗客という異なる立場の証言が時系列で重なり合う、検証可能性の高い事例である。ロケット由来の発光雲という否定論も存在するが、当事者への直接取材に基づけば、単純な誤認では説明しづらい要素が残る。
こうした「真性UFO」の選別基準や、国内外の類似事例20選については、天宮清氏の60年にわたる取材記録をまとめた書籍『日本UFO研究史』に詳しく掲載されている。

出典:天宮清『日本UFO研究史 -UFO問題の検証と究明、情報公開』株式会社ナチュラルスピリット(2019年発刊)第1部 第2章「筆者が『これは真性UFO』と判断する日本国内UFO事例二〇選」









